た。
「まあまあ、立派な阿母さんにおなりだこと。ついこの間までほんのねねさんだと思っていたのに――」
ルイザの後に立つと、彼女は、傍で挨拶をした一人の女を見向きもせず、指環の三つ嵌《はま》った手を延して、レースをどけた。
「どれ、――ふうむ、いい児だこと」
郵便局の細君は、フランツの顎の下を擦《こす》った。伏目になって微笑みながら子供の顔を見ていたルイザはやがて、おやと思ってひそかに注意を集めた。フランツの顎を擦っていた細君の光沢のある指先の働きは、妙にのろくなった。そして、ルイザにははっきり感じられた一種の感情をもってそのまま止ってしまった。下を向いたまま彼女は自分の顔と嬰児の顔とが素早い偸むような一瞥で見較べられるのを感じた。指先は、そっとフランツのくくれた軟い顎の下から引こめられた。そして、郵便局の細君は、ほんの一足ルイザからどき、殊更な、まるで溜息と一緒にはき出すような調子で云った。
「まあ、綺麗なレースをお持ちだことね」
ルイザはかっと眼の裏が熱くなるように思った。
レースは確に結構なものであった。彼女の曾祖母が、サクソニー太公夫人の侍女を勤めた時拝領したそれは、まが
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