気持に打たれたのであった。
 その晩、夫婦は長いこと、床の中で目を醒していた。ハンスは、彼の考えになれない頭で、自分達親子の運命を思い惑った。自分のように学問も徳もない平民に、何故あれほど、救世主に似た顔つきの息子を授けられたのか。考えれば考えるほど解らなくなって、彼は、ひとりでに太い溜息を洩しては、寝返りを打った。
 ルイザは、絶え間なく聖母まりーあを称えながら涙を流した。ハンスが大きな体躯で寝返りを打つ毎に少しずつ傍にずって遣りながら、彼女は、フランツの髪や眼の黒いことを私《ひそ》かに不平に思ったり、後の子供達の生れない苦情を訴えたりしたことを、慈悲深い聖母に謝罪した。
 このことがあってから、ハンスとルイザとは、自分の息子に対する心持を変えた。彼等はフランツを、時が来るまで――それは勿論いつか判らないが――自分達にあずけられている者と云う恭々しい感じを深めた。もう、人が目をつけることも恐れなかった。誰か、
「あれはお前さんの息子かね」
とききでもすると、ハンスは元のように眼を逸するようなことはせず、鄭重に答えた。
「さよう、あれはフランツ・アルブレヒト・ヨーストです」

 少年の
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