救主かと震えながら見た少年イエスが博士達と問答をしている画であった。
 ハンスは、ルイザの愕きをわざと見ないふりで、フランツに何気なく云った。
「腕一杯だな――脇棚に下げて見よう」
 彼はフランツを助けて、二つの壺を重しに使い、棚からその聖画を下げた。燈の工合で陰翳《かげ》が濃くなり、遠くから眺めると、若いイエスの唇からは今にも活々した声が響いて来そうに、画中の人物が浮上って見えた。
 親子三人は、黙ってじっとその方を見た。やがて、ハンスが息子に云った。
「一寸あの画の傍に立って見ろ」
 フランツは、怪訝そうに父親と母とをかわるがわるに見た。
「お前の背があの画の何処まであるか見て置きたいのさ」
 フランツは、歩いて行って絵のそばに立った。
「これでいい?」
「もうちっと画によって」
 フランツは画中の基督と同じ高さに顔を並べた。ハンスは思わず深く唸った。ルイザは肱でひどく夫の脇を突きながら、いたたまれないように囁いた。
「御覧なさい! ああまりーあ、聖《さんた》まりーあ」
 ハンスは、のそりと立ち上った。
 彼は忽然として自分の目の前に現われた二つの少年イエスの顔を見て、名状出来ない
前へ 次へ
全23ページ中14ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
宮本 百合子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング