「てお遣りなさい。あの男は、あなたのことといえば、真剣なんだから。
みさ子 ――(意味を解しかねて谷の顔を見る)
谷  僕が、あなたに勝手な熱を吹くと思って、お冠を曲げたのですよ。然し……あの男の思うほど、僕は「不良」じゃあありませんよ。これでも――(調子を変え)実際、今日のような話が、あなたと出来るとは思いませんでしたね。
みさ子 (谷の心持が解らず)どうして?――別に、何にも、人間のしない話をしたのじゃあないわ。
谷  ――一年昔のあなたは、幸福過て、思いのままでありすぎて、僕なんかには眩しいようでした。却って、薄すり雲の湧上った今の方が、遙に人間《ヒューメン》的で、あなたの情熱も純粋さも美しく見える。(みさ子の顔を見る)
みさ子 (漠然と不安を感じる)何を云っていらっしゃるの。美しければ美しいほど猶結構じゃあないの。――さあ、裏へ行きましょうよ、あんなに薔薇、薔薇って云ってらっしゃった癖に……(谷を促す)
谷  じき行きます。然しね、実際、僕は、いつかきっと今日のような時が来ると思っていたんですよ。まるで、軽風に頬を吹かれて、花束を振るようなあなたが、いつか、自分の愛や、人間の愛
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