しげに)何故?
英一 (尚低声に)あいつは危険だ。ドン・ジュアンだもの……
みさ子 (笑う)平気よ。(改まり)私、誰にきかれたって、悪いことなんか云いはしません。
英一 あなたはその気でなくたって――
みさ子 いいのよ。(気を悪くし)じゃあ、貴方は、二年も前から、そんな人を、私のお友達にさせた訳?
英一 (言葉なし。みさ子が取ろうとするレコードを手早く抜取ってやる)――遣りますか?
みさ子 どう?
英一 いいでしょう。
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英一、把手を廻し、針をつけなどしてレコードをのせ、蓋をする。
みさ子は、椅子の上手よりにゆっくりと靠《もた》れ、英一は反対の腕に軽く腰を休ませて聴く。谷、煙草を持ち、時々歩き、立ちどまり、凝っと、みさ子の集注した横顔を見守る。暫くの間、ピアノ、ヴァイオリンの前奏。
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谷  何です?
みさ子 (その方は見ず、低い声で)アディオ。
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静かな、明るい部屋の裡に、伊太利《イタリー》の小曲《リード》が、感じを以て満ちる。
戸外では、雲が湧いたと見え、微かな陰翳が、輝やいたフォールディング・ドーアの面を過ぎる。歌
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