ないような人があったら、どんなにいいでしょうね。言葉の奥を考えずに、そう[#「そう」に傍点]と云っただけで安心していられるようだったら……
谷 (しげしげとみさ子を見る)あなたもだんだん大人になりますね。
みさ子 (片頬笑む)――だから、朝子さん、吉沢さんね。あの方のことだって、私が、何も権威あるらしい口は利けないのよ。お互に、学校の成績とか、手腕じゃあないわ。内の内の、内のものを、見極めなければならないんですもの。――各々の直覚、心の力と、運。ね?
谷 ところが、どれほど鋭い天稟《てんぴん》の直覚を持っていたって、多くの場合、日本の現在の状態では、その触角を動す余地さえ、ないじゃありませんか。いやしくも、わが心のエッセンスを凝《こら》して、その底までしみ入ろうとするような価値のあるサークルは、皆、煉瓦の塀で囲まれている。少し云い過ぎかもしれないが、僕から見れば、あなただって、自由が最も必要な時期がすんでから、その必要を高唱し得るのだ。びっくり箱の蓋を開ける前に、中から大凡《おおよそ》どんな形のものが出るか、予め教えて下さっただけ、他人《ひと》の親より、あなたの御両親は優種だった。
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