に立たされたのである。
表通りの薬種の店から、ちょっと入ったその格子戸の内部は、いつもながら、ふさ子の几帳面な性格を表すように、さっぱり掃き浄められていた。
真新らしい障子がひっそりと閉って、沓脱石には、見馴れぬ男下駄が揃えてある。
先に立って格子に手をかけたのぶ子を押し止めるように、おくめは、
「お客様じゃないか、若し、何だといけないから」
と囁いた。
「大丈夫よ。私だけ先へ行って見るから」
のぶ子は、そっと沓脱の端から上って行った。障子をあけ、唐紙の開く音がし、やがて半分も経つと、また、のぶ子が、玄関迄出て来た。
「どうだね?」
おくめは、眉をあげて小声で訊いた。
「いいんですって。義兄さんのお客様だから」
「…………」
おくめは、やっと、自分の後で格子をしめた。そして、狭い式台の上で、コートを脱ぎ、襟巻をたたみ、他人の客に行ったように、事変った心持で茶の間の唐紙を開けた。
ふさ子は、光った銅壺をいけた長火鉢の前に坐って、酒の燗を見ている。斜に向いた薄い膝や、細そりした鼻つきを一目見ると、とっさにおくめは、しみとおるような淋しさを感じた。
元からのこととはいえ、何故
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