、せめて顔だけでもこっちを向き、笑って自分を迎えてはくれないのだろう。
「――お客様だそうだね」
おくめは、自分の心持を紛らすように、つぶやきながら坐についた。
「ええ、相変らず長いんでね」
ふさ子は、
「とめや、とめや」
と女中を呼んで、出来た銚子を運ばせた。
それから、徐《おもむろ》に向きかわり、
「先ずお変りなくて結構でございました」
と挨拶を始めた。
おくめは、娘ながら、気圧《けお》されるようで、調子よい返事も出来なかった。
瑞々《みずみず》しい丸髷に結び、薄すりと化粧して、衣紋を作ったふさ子の姿は、美しいと同量の威圧を与える。
「早くから来たいと思わないではなかったんだけれど……お前も知っている通り、何にしろ田舎者だからね。電車を思っただけでつい面倒になって……」
「そうですともね、時々乗換が違ったりしますもの無理はありませんよ。……でも、この間、海老原のお順さんが来て、阿母さんの消息を訊かれたにはすっかり困ってしまった」
「海老原って、国の?」
「ええ」
ふさ子は、鉄瓶を重そうに傾けて急須に湯を注《つ》いだ。
「――構わないのにさ!」
「いつでも阿母さんはそうお
前へ
次へ
全30ページ中11ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
宮本 百合子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング