彼女の気の立った早口は、若いのぶ子に妙な極り悪さを感じさせたほど、きんきん静かな家中に響き渡った。夕飯だけはしまって行ったらよかろうという米子の言葉を振り切るように、おくめは周章ふためいてやっと往来に出たのである。

        二

 下谷から、麹町まで行く長い電車の間、おくめは、ぽっとして気が弛《ゆる》んだように、はかばかしく口も利かなかった。若々しいのぶ子の傍にすりつくように腰をかけ、濃鼠色の襟巻から、上気《のぼ》せた顔をのぞかせ、彼女は、どこを通っているのか考えても見ない風であった。
「阿母《おっか》さん、ここで乗換えよ」
と娘に注意されなければ、彼女は、乗換場に来ても、場席から立つことさえ知らなかっただろう。
 おくめは、久し振りで姉娘に対面しようとして、歓びとも不安とも分ち難い胸の轟を覚えていた。ともすれば、連関して、忘れたい過去の記憶が甦って来る。外見には、田舎出らしい態度の隙を現しながらちらちら、目路《めじ》を掠める賑やかな燈光のかげに、おくめは、おぼつかなく昔と今とを照し合わせた。
 のぶ子に導かれるのを幸いに、どこをどう曲ったも考えず、相田の小綺麗な格子の前
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