たまま動かなくなった。はっと思って、四辺を見廻し、大いそぎでしかけた仕事を切りあげる。――
 ともかく昼もすませると、おくめは、息苦しくて、息苦しくて、到底家の中などに凝っとしてはいられない心持になって来た。
 縫物をとりあげても手につかない。主婦と、世間話もしていられないほど気がせける。何をどうということはない。まるで、家中の空気が急に堅くひしひし四方から自分を緊めつけるようで、おくめは、おちおち瞳《ひとみ》を定めてもいられないように感じるのである。
 彼女は到頭、外出の口実として買物を一つ思いつけた。新らしい寝具を一揃え新調した米子は、この間うちから、一つ夜具風呂敷を拵えようと云っていたのである。
 おくめは、止めろと云われない用心に、ちゃんと着物まで換えてから、何気なく、
「奥様、お砂糖を買いかたがた、お風呂敷も買って来ようと思いますがいかがでしょう」
と、米子の前に出た。
「そうね、別にいそぐわけでもないけれども……」
「でも――ついでに買って置きませんと、なかなか縫えませんですから……」
 決してこれは理由《わけ》のない申出ではなかった。
「――それなら行って来ると好いわ。緑
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