―そんなことが果してあり得ることだろうか……彼女の頭には、追々実際的な反省が浮んで来た。「よしあったとしても、一旦、家のためとはいいながら、末の見込みがないと思って棄てた良人を、未練らしくよせつけることなどが、娘等の手前、世間の手前、出来ると思うことだろうか……」
 次第に亢奮が鎮り、一時燃え立った歓ばしい空想が色褪ると、おくめの心の裡には、老齢らしい種々の疑惑が頭を擡《もた》げて来た。
 第一、いくら年を取ったからといって、あの家を構わなかった男が、急にそう生み放した娘の身などを思うとは受取れない。
「東京に出て来たというのも、のぶ子に手紙をよこしたというのも、つまりは、あれを食いものにする積りなのではなかろうか」
 どこかで、のぶ子が来年にでもなれば一本立ちの出来るのをきき知り、今から手馴ずけて、いざという時、僅かの金でも出させようとする魂胆は、おくめにとっては決して、あり得べからざることとは思えなかった。思いがけないことを聞いたあまり、年甲斐もなくよい方へ、よい方へとばかり想像を走らせていた自分が、やがては嗤《わら》うべきもののようにさえ感じられて来た。
「追々自分も年を取り、心
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