という思いがけないことを聞いたものだろう」
市ケ谷の、淋しい夜道でのぶ子と別れてから、おくめの心は、驚とも、感動とも名状し難い動揺で一杯になっていた。
自分が非難される位置にあった故か、のぶ子は、姉の前では、気になるほど、無口であった。
おくめが何か云っても、「ええ」とか、「そうですか」というような短い言葉で受け答えするばかりである。
けれども母親の口添えで、ともかく必要なだけの金は出して貰うことと定《きま》り、おくめが、
「それではもうそろそろ帰ろうかね」
と云って立上ると、のぶ子は、
「じゃあそこまで送って行ってあげますわ」
と云いながら自分も一緒に停留場までついて来た。
勤人風の家並の多い、宵の静かな往来を歩きながら、二人は、ぽつぽつと種々の話をした。四辺がひっそりしているせいか、先ず用向は済んだという寛《くつ》ろぎからか、母娘《おやこ》は、始めて、のうのうした気持になった。そして、一層親密に、姉の家庭の噂などしているうちに、のぶ子は突然、
「あのね、おっかさん、大阪の方から何か便りが来て?」
と訊ねた。
「大阪?」
おくめは、意外な面持をして、娘の顔を見ようとした。
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