なものだのにねえ」
やがて、ふさ子は、重苦しい四辺《あたり》の雰囲気の裡で、投げ捨てるように呟いた。
「この間、お順さんが来たときにも、そう云っていましたよ。相当な人さえ仲に立てれば、たとい法律ではどう定《きま》ろうと、阿母さんの暮し位のことは、六蔵さんがどうにでもする積りなんだって」
前後の続きから、おくめには、その言葉がどうしても、家の血統とか相続権とか、喧しいことは云わないで、貰えるものは貰って、のぶ子の学資でも助けたらよいではないか、という風にほかとれなかった。
訴訟を起したり、弁護士を雇ったりして、柄にない騒ぎをしたことからが、馬鹿馬鹿しいという口吻《くちぶり》を聞くと、おくめは、口惜しさで、かっとするようになった。
奥へは洩れないように、気を緊めて声を低め、彼女は、
「馬鹿なこと! 誰がそんなことを出来るものか」
と、鋭く娘の言葉を撥《は》ね返した。
「私は筋の立たない金なんぞは、たとい半文も受けたくないと思うからこそ、他人から見れば、しずともいい苦労をして来たのではないか。始め、六蔵を裁判に立たせたのだって、決して、取られた、金を取り返そうためばかりではない、私の
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