央には机、椅子。洋燈《ランプ》の黄色い光りが机の前に坐ったヨハネスの影法師を大きく後の壁に投げている。
ヨハネス、頬杖を突き、考えに沈んでいる。幾ら考えても解らない風。髪の中に指をくぐらせ左手で襯衣《シャツ》の襟元を烈しく寛《ゆる》める、顔には、深い、深い懐疑と苦悶が現れる。唇をきっと緊め、立ち、鏡を洋燈のところへ持って来る。腰をかけ、燈の蕊《しん》をあげ、両手で鏡をつかまえて、睨むようにその面を見る。泣くような呻き声。
「エッダ!」
鏡をすて、部屋中を重く歩き廻る。
どうにかして、この考えを振り棄てたいというように、時々立ち止っては柱に頭を圧しつけ、壁に倚《よ》りかかる。が、苦しさは増し、やがて、どうにでもなれ! という風に洋燈を吹消してしまう。真暗闇の中で靴を脱ぐ音、寝床の掛布を動す音。ひっそりとする。やがて、苦しげな寝返りの気勢《けはい》。吐息。沈黙。いきなり、ひどい勢いでヨハネス寝床から飛び起る。素足でひたひたと床を踏み、衣裳箱の上の燭台に灯をつける。そして、蝋燭を引よせ、涙の跡のついた顔を鏡に写す。暗い鏡の面で、揺れる灯かげを受けた片影の顔が、不気味に見える。ヨハネス、緊張に
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