堪えないように、わざと顔を動す。眉を動し唇を歪め、突然、
「あッ!」
鏡の中に、はっきり人間と猿の混血児のような動物の顔が見える。脅かされ、後じさり、息も塞《つま》って、
「猿!……猿!」
目も離さずに見るうちに、鏡面の動物の顔は、だんだん大きくなり、活々とし笑うように震えながら、鏡の中から抜け出して来る、ヨハネス、一歩、一歩と後退りながら、
「何だ! 貴様は、何だ!」
一切構わずその動物の顔は、刻々、延び、拡がり、迫って来る。ヨハネス、狂ったように扉の方に走《か》けつける。開かず。窓の方に走りよる。動かず、
「ああ! ああ! エッダ!」
両手を投げあげ、気絶して床に倒れる。震えつつ、しぼみつつ、奇怪な大きな顔は消え失せる――静かな、小さい蝋燭の瞬。―― 幕。[#「幕。」は地より1字上げ]



底本:「宮本百合子全集 第二巻」新日本出版社
   1979(昭和54)年6月20日初版発行
   1986(昭和61)年3月20日第5刷発行
底本の親本:「宮本百合子全集 第二巻」河出書房
   1953(昭和28)年1月発行
入力:柴田卓治
校正:松永正敏
2002年1月7日公開
青空文庫
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