てしまったのだ。そして、撥も何も捨てたまま何処へか行ってしまった。其処で太鼓は又粟に食って掛った。
「おい、どうだ俺の声を聞いたか、素晴らしいだろう――何故黙っている、何とか云うものだ」
「大きな声ですね貴方の声は。然し私の声とは違います」
「何故羨しいと正直に云わないのだ。負け惜みの強い女々しい奴だな。もう一遍歌ってやるから、今度こそ聞いて置け」
太鼓は、自分は誰かに叩かれなければ、声の出せないのを忘れて、体中に力瘤を入れて意気込んだが、勿論音の出る筈はない。自分の間抜けに気が付いた太鼓は、暫くぼんやりする程がっかりして恥しがった。けれども、恥しいと云うのが口惜しい太鼓は、すっかりやけに成って、いきなりゴロッと小さい粟粒の上に圧《おっ》かぶさってしまった。
そして「如何うだ此でもか! ハハハ」
と嬉しそうに笑った。
太鼓は雨が降っても、風が吹いても粟の上にがん張っていた。がその下では粟が、しずかに地面の水気を吸っている。
其から半年程経って、又同じ芝生の上に飛んで来た小鳥は、腐った太鼓を貫いて、一本の青々とした粟の芽が、明るい麗らかな日光に輝きながら楽げに戦《そよ》いでいるの
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