ろう、と思った。彼は考えるのではない。感じるのだ。――感じるのだ。そして朝子は、その敏感な本源的な魂の触覚を、符牒のような生存の尖端という言葉にまとめて思ったのである。
自分が、放埒の欲望を感じながら、何のためにか、のめり込まずいる。それはと云えば、正気は失っても、その尖端が拒絶するからだ。
幸子が、昨夜立つとき、
「大丈夫?」
と訊いた、朝子は、ひとりでに、
「大丈夫でなくても、大丈夫だと思っちゃった」
と、捉えどころのないような返事をしたが、そうだ大丈夫ではないが、その尖端が感じ、選択し、何ごとか主張している間は大丈夫だ。その|生存の尖端《ラ・ポアント・ド・ラ・ヴィ》をも押しつつむ程大きな焔が燃えたらどうであろう。
それならそれで、万歳だ。朝子は思いつづけた。自分は、そして、自分の生存の尖端は、その焔の央《なか》にあって我が生の歌を一つうたおう。
朝子は、会って来たばかりの久保のこと、相原の生活、間には、新しく磨きたての磁石の針のように活々と光り、敏く、自分の内心に存在すると感じるものについて考え、味い、長い夕方の電車に揺られて行った。
六時前後で、電車は混み、朝子の横も
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