置を批評するようなことを云い、
「まあ、白杉さんも、一つ確りやって下さい。今にちょっと金も出せるようになるだろうから」
などと云った。朝子は黙って笑った。しんに弱気な小野心があるので、一人一人の顔を見ているうちは、悪感情を抱かせては損という打算が働く、相原はそういう種類の心を持っているらしかった。
 帰り途、朝子は人間の|生存の尖端《ラ・ポアント・ド・ラ・ヴィ》というようなことを深く思った。道徳や常識、教養などその人を支える何の役にも立たない瞬間が人生にある。またそういう非常の時でないまでも、我等を取巻く常識や、道徳や、それ等の権威の失墜の間に生きて行くに、何が心のよりどころとなるであろう。何で人間が人間らしく生きて行く道をかぎ分けるかと云えば、それは、草木で云えば草木を伸び育てる大切な芽に等しい、人間の心の中にある生存の尖端によってだ。朝子は昨夜詩を読んだときにも、例えば、

  自体を浄めるために結び合う!
  同じお寺の二つの黄金の薔薇窓が
  ちがった明るさの炎を交じえて
  たがいに貫きあうように。

 こんなに高貴で優しく美しい、深い感じを捉え得る詩人とは、どのような心であ
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