とにかく、相当教育のある連中が、脛かじりを名誉としなくなったんだからなあ。青年時代の熱情には、経済観念が、全然なかった。今の令嬢は、独立イクォル経済的自立と、きっちり結びつけているんだから油断ならない」
 そして、彼は持ち前の、ちんばな、印象的な眼で、
「ここにも現に一人いらっしゃるが……」
と、朝子の顔を見て笑った。
「同じ判こをついて廻す帳面でも、中に、例えばまあ、あさ子なんて小さい印があるとちょっと悪くないな」
 幾分照れ、朝子は、
「じゃ、私女学校の先生に世話して上げるわ」
と云った。
「そうしたら、右も左もボンヌ・ファム(美人)ばかりよ」
 大平は、直ぐそれをもじって、皮肉に、
「ボーン・ファーム(骨ごわ)?」
と訊き返した。
 朝子は、別に笑いもせず大平の顔をみていたが、やがて云い出して、
「ね、お幸さん、どう? 私この頃懐疑論よ。働く女のひとについて。女権拡張家みたいに呑気《のんき》に考えていられなくなったわ」
「ふうむ」
「自分の職業なら職業が、人生のどんな部分へ、どんな工合に結びついているか、もう少し探究的でなけりゃ嘘なんじゃないのかしら。ただ給料がとれていればいい、
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