いいけれど、この素介なんぞ――」
「――君に解ってたまるもんか。――第一そのアッペル何とかいうの、ドイツの男だろう? ドイツ人の頭がいいか悪いかは疑問だな。フランス人の警句一つを、ドイツ人は三百頁の本にする。そいだけ書かないじゃ、当人にも呑込めないんじゃないかな」
「頭のよしあしじゃない、向きの違いさ」
 アッペルバッハの説は、マゾヒスト、サディストの両極の外に男性的、女性的、道徳性、智能性その他感情性などの分類法を作り、性能調査の根底にもするという学説であった。朝子は、
「政治家になんか、本当にサディストの質でなけりゃなれないかもしれない」
と云った。

        七

 夕方近く、幸子が教えたことのある末松という娘が、も一人友達と訪ねて来た。何か職業を見出してくれと云うのであった。
「経済上、仕事がなけりゃ困るんですか」
「いいえ、そうではありませんけれど……」
「家に只いても仕方がないというわけですね――で? どんな仕事がいいんです?……何に自信があるんです?」
 末松は、並んでかけた椅子の上で、友達と互に顔を見合わせるようにし、間が悪そうに、
「何って……別に自信のあるも
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