ごみごみしているようで、小石川のこちら側、なかなか散歩するところがあるでしょう」
「古い木があるのもいいのよ」
 大平は、やがて、
「このまんま戻るの、何だか惜しいなあ」
と、往来で立ち止った。
「どうです、ずうっと鬼子母神の方へでも行って見ませんか」
「そうね――そして、またあのお蕎麦《そば》たべる?」
 去年の秋、幸子と三人づれで鬼子母神の方を歩き、近所の通りで、舌の曲る程辛い蕎麦をたべた。
「ハッハッハッ、よほど閉口したと見えて、よく覚えてるな――本当に行きませんか。さもなけりゃ、私んところへこのまま行っちゃって、御馳走をあなたに工面して貰ってから幸子君を呼ぶんだ」
 その思いつきは朝子を誘った。
「その方が増しらしいわ……でも、お幸さん心配することね」
「なあにいいさ! 本読ましとけ。――心配させるのも面白いや」
「――ここにいりゃ何でもないのに」
「いたら、まいてやる」
 大平は、いやに本気にそれを云った。
 朝子は、家の方へ再び歩き出した。大平も、自分の覚えず強く発した語気に打たれたように暫く口をつぐんで歩いた。
 桃畑の角を曲ったら、門の前を往ったり来たりしている幸子の姿
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