分、こんなかから抜いてあるんでしょうか」
むっくりした片手で小さい算盤《そろばん》の端を押え、膨《ふく》らんだ事務服の胸を顎で押えるようにし、何か勘定している矢崎は、聞えないのか返事をしなかった。伊田は暫く待っていたが、肩を聳やかし、また書き出した。
朝子は、新聞に西洋鋏を入れながら、声を出さず苦笑いした。笑われて、伊田は、耳の後をかいた。二日ばかり前、或る対校野球試合が外苑グランドであった。伊田は、午後から帯封書きをすてて出かけて行った。自分にそんな興味も活気もなく、毎日九時から四時までここに坐って日を過す外、暮しようのない矢崎は、それでも他の者がそんなことをすると、甚だ不機嫌になった。彼は、それを根にもって一日でも二日でも、口を利かなかった。
「どの位断って来ました」
朝子が伊田に訊いた。
「今度はそんなに沢山じゃありません。五十位なもんでしょう」
「去年からでは、でも千ばかり減りましたね。……田舎のひとだって、この頃は婦人雑誌どんどんとるんだから、断るのが自然ですよ。比べて見れば、誰だってほかの雑誌がやすくって面白いと思うんだもの」
一円本の話が出て、それに矢崎も加わった
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