。
「娘がやかましく云うんで、小学生全集をとっているんですが、一体あんなものはどの位儲かるもんでしょうな……」
「社でも何か一つとってくれないかな、そうすると僕たち助かっちゃうんだが」
「矢崎さん、いかが? それ位のこと出来ませんか」
「さあ」
伊田が、
「金欠か」
と呟いた。
いきなり朝子が、
「ああ、矢崎さん、お引越し、どうなりました」
と尋ねた。
「いよいよ渋谷ですか」
「ええ。今月一杯で五月蠅《うるさ》いから行っちゃおうと思ったんですが……来月中には移ります」
「須田さんその後どうしていらっしゃいます?」
矢崎は、厭な顔をして、
「この頃出かけないから」
と低く答えた。
「ここ罷《や》めることは、もう決ったんですか」
「決ったでしょう」
黙っていたが朝子の心には義憤的な感情があった。
須田真吉は、編輯部の広告取りをしていた男で、一風変った人物であった。頭の一部が欠けているのか過剰なのか、度外れなところがあって、或る時は写真に、或る時は蓄音器に、最近はラジオに夢中に凝った。ラジオのためには金銭を惜しむことを知らなかった。種々道具をとり集めラウド・スピイカアに趣味の悪い薄
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