手を見なおす心持、何か他人でないような気持がする。
 いとしさのようなもの、或いやさもあり。
[#ここで字下げ終わり]

     〔一九二八年〕二月三日 モスクワ

 午後三時半頃日沈、溶鉱炉から火玉をふき上げたような赤い太陽(円く、大きく)光輪のない北極的太陽 雪のある家々の上にあり 細い煙筒の煙がその赤い太陽に吹き上げて居た。
 五時すぎ
 モスクワの町を、月が照す。モスクの金のドームを照す。
(月の光のとどかぬ暗い隅で刃物磨ぎをする男の転り磨石とホー丁の間から火花が散り、金ものの熱する匂いがした。)
 この日没と満月の出の間、非常に短く、月は東に日は西という感じが、街を歩いて居る自分にした。

「七銭で結構だよ」
「いいえ! 駄目駄目」
 リンゴを二つ持って、カーチーフをかぶった若い女が、大道商人とかけ合って居る。

 女乞食が、外国人の女の傍について、
「御慈悲深いお嬢さん、小さい娘のためにどうぞ」
 女は、見向きもせず歩いて行く。
 コムソールが、羊皮外套をきて、二人来た。その外国の女を見て
「из 上海」
 その時大きナ菓子屋の軒先にパッと百燭の電燈がともった。

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