の男の顔も見ず。
  或人は
 ○カンシャクを起すと、子供のように戸障子をゆする。

     十月の百花園で見たもの

    清浦の馬面、ノビリティーナシ 写真
    │  黄蜀葵を一輪とって手に持つ。
 秋草。清浦ととりまきの陣笠
 婆芸者「百花園さんもさぞよろこんで居りますでしょうよ」

     向島の芸者

 ○ちりめん(こもん)に黒い帯をしめ、かりた庭下駄の、肉感的極る浅草辺の女優と男二人の組。
 ○カマクラの海浜ホテルで見た、シャンパンをぬいた I love you が、又あの水浅黄格子木綿服の女と、他に子供づれの夫人とで来て居た。
 ○下手な絵を描いて(雁来紅の緑と黄との写生)居た女、二十七八、メリンスの帯、鼻ぬけのような声
 ○可愛いセルの着物、エプロン、黄色いちりめんの兵児帯の五つばかりの娘、年とった父親がつれて来て、茶店にやすみ、ゆっくりしてゆく。かえりに、白鬚のところで見ると、この小娘の姿はなく、父親(六十近い)だけ、自動車を待って居る。妾の子をつれて一寸散歩して、おき、一人かえる姿、一寸情なかった。
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〔欄外に〕
 尾花、紫苑。日が沈んで夕方暗くなる一時前の優婉さ、うき立つ秋草の色。
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     工場の女と犬

 十月雨の日
 女工
「マル マル マルや 来い来い お前を入れて置きたいのは山々だけれどもね、土屋さんに叱られるといけないから出てお呉れ、ね、マルや マル」
 別の声「何云ってるの」
「――マルと話して居るのよ、ねマルや、(誰かがきいて居ることをイシキした声で)お前を入れておきたいのは山々なれどもね、さマルや、大儀かえ? 大儀なら小屋へ行っておね」
 聞いて居る自分、うるさくなりむっとした心持になる。

     アンマの木村

 六十九歳、
 若いうち、いろんな渡世をし、経師や、料理番、養蚕の教師、アンマ、など。
 冬、赤いメンネルのしゃつをき、自分でぬいものをもする。
「あんたどの位あります」などときく。小柄、白毛。総入れバを時々ガタガタ云わせる。
 小さい鼻、目、女のようなところあり、さっぱりせず。

     後藤新平の自治に関する講演

 ひどく生物哲学を基礎とする自治本能という。
「私が云う自治というのは、決してむずかしいことではない、|誰に《三つの子供》でもじき覚え
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