の人間の形をしたものも益々泣き叫んで追っかけて来る。――馬の尻をたたきつづけて百姓はやっと村へ着き、恐ろしかった自分の経験を人々に話した。
 怪しんで村から人が出た。
 百姓の逃げ去った雪路の上には、その橇の止金にかかって片腕をもがれた七歳の女の児の死骸が発見された。四つの女児は森の中で凍死んで居た。

 二十四日
 細いゴムの管がある。管は二米ばかりの長さだ。先に小さい楕円形 紅茶こしのような金のたまがついて居る。それをたまの方から嚥《の》み下さなければならない。十二指腸から胆汁をとる療法だがこのゾンドなるものをかけられる時は一種悲しき芸当の感じだ。フセワロード・イワノフが曲芸師であった時嚥んだ剣より工合がわるい。イワノフの剣はバネで三分の一ずつ縮んだ。このゴム管は本当に腸まで嚥み下さなければならぬ。眼尻に流れた涙を手の甲でふいて、右脇を下に臥て、コップの中に胆汁の滴るのを待つ。

 医者は去年大学を出た青年だ。彼のところには一匹のセッター種の犬と妻とがある。フランス藍色の彼の服は襟がすり切れた。アフガニスタンからアマヌラハンが逃げる前 月六百留で医師を招|聘《ヘイ》して来た。残念な
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