の終りから二年ばかりの間でした。ソヴェトの方は一九二九年から五ヵ年計画が始っておりますから、ソヴェトのもっておりました社会情勢と芸術の立場から、プロレタリア・リアリズムからの発展としての社会主義的リアリズムには必然があった。
しかし日本の社会の半封建的なるものが非常に多くて、ブルジョア民主主義のための闘いののこっているところへ、いきなり社会主義的リアリズムといってもなにか肌にあわない感じがあったわけです。その肌に添わないところを、社会科学の立場と文学の立場から綜合的に研究して落ついた結論を出すひまのないうちに一九三二年の春の全文化団体への弾圧があり、社会主義的リアリズム論争は、最もみじめなまたみっともない形で、文学における進歩性と階級性の否定の口実につかわれてしまった。そのまま、ズルズルべったりに今日まで来ています。『新日本文学』第四号の巻頭に、中野重治さんが「批評の人間性」という論文をかいています。民主主義文学の伝統にたいして正当性をかいている平野謙、荒正人氏たちの論説を反駁し、書きぶりは、アクロバットめいているが、衝《つ》く点はたしかについています。こういう本質をもった論文は書か
前へ
次へ
全57ページ中54ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
宮本 百合子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング