阿川弘之という人の小説は、表現にしろ、なんでもないようだが、よく感じしめ、見つめた上でのあっさりした、くっきりした形象性をもっていて、ふっくり、しかも正面から感性的に現実に迫る作風に好感をもちました。「年々歳々」を書いたこの作者が「霊三題」の三つ目のような作品を書いていることが、注目されるべきではないでしょうか。出征し、生きて還れた一人の青年が、故国の生活へどういう工合にして入ってゆき(年々歳々)、そこで何を発見し、どんなこころもちに逢着したか(霊三題の第三番目の作品)、ここには、きおいたたない一つの気質を通じて日本の課題が示されているのではないでしょうか。もとより、まだこの作家にとって、どうと決定したことがいえる時期ではありません。が、多様でなければならない新しい文学の一つのタイプとして、おとなしい清潔さ、まともさ、自然主義からは自然ぬけているというような要素は大切にされていいのだと思います。この作者にかぎらず、なにしろ口の中に酸っぱい水がわくような、作品が氾濫しているのですから。

        『新日本文学』の業績と課題

 さて、このように錯綜し、紛糾している今日の文学の動向
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