から行けば無理である。
「札を出して、あのお婆さんに部屋があるのか知らん」
「あるから出したのでしょう、自分達はどこか狭いところに纏《まとま》って他を空けたのでしょう。なければ出すはずはないから安心していらっしゃい」
「それはそうね、――だけれども暑くて仕方がないでしょう、ほんとうにどうするのか知らん」
好奇心に手伝われて、札が出てから一日二日の間、私は気がつくたびにこんな言葉を繰返していた。けれども間もなく仕事がいそがしくなって来るにつれてそんなことは忘れるともなく忘れていた。ところが四五日前のことである。いつの間にか下のお婆さんのところに、至極賑やかな親子連れが来ているのを発見した。それも偶然のことで、新来の一人の子が、私の部屋まで迷いこんで来たことから、始めて気がついたのである。
その日は終日、やや癇高《かんだか》なお婆さんの声に混って、もっと若やいだ丸い早口の女の声が、殆ど立て続けに何やら喋り続けているのが聞えた。何か御秘蔵の家具の説明でもしているのだろう。ときどき大きな声で感嘆詞を投げる女の声に和して、子供達が少くとも二三人群れて互に叫び合う。急にドタバタと馳けまわる足音
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