である。
 第一、そういうことに度々逢って渋い思いをしなければならない世の中というやや抽象的な愁しさ。それと同時に、自分がかなり純粋な心で対していた者が、平気でそれを裏切って、私に苦々しい幻滅を味わせずには置かないこと、その幻滅が、何千人の人間の魂から「ありたい」という尊ぶべき望を殺戮《さつりく》してしまっただろうという恐ろしい回想。
 まして、ふだん侮蔑されたり、疎外されたりしている彼等は、私がその札を出すことの原因を、単に彼等がユダヤ人だからという動機にのみ置きはしまいかという心苦しさが、一層私に辛い心持を与えるのである。
 これ等の思いを一面から見れば、ただ私自身のお人好しの理想や空想の惨めな没落を悲しみ嘆いているのだともいえよう。しかしそれとまた同時に私のうちには、彼等自身のために彼等の背後に立ってそれ等を寂しく眺めやる心持もあるのである。
 彼等がユダヤ人でなかったら、そんなことはしないかも知れない、がしかし彼等はした。して何か「いやなもの」を痛感させる。その目前に突出される「いやなもの」を跳び越せない自分は、それに溺《おぼ》れないために何かしなければならない。
 いつも私が
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