の喜びもほんとうの糠《ぬか》よろこびになった。
医者が来て、「腸胃熱でなければ、この頃はやっている、無名の熱かも知れません、もう少し様子を見ましょう」と云って心臓のためにジガレンを調《ととの》えてくれた。
私が十六の夏にやはり訳の分らない熱をまる一月出しつづけた。そして、まるで夢中になってしまったことさえあってもこうやってすっかりなおったばかりでなく、病気以前と比較するとすべての生理状態が良くなっているから、「道っちゃんもそうなのだろう」と、云うものもあった。
「おかあさま、心配するのをお止めなさい」
と家じゅうの者が、あまり心を遣《つか》っている母を慰めた。
母は非常に、全く驚くほど心配していたけれども、ふだんいい体格なのだから、手当てがよくて病名さえきまれば、自分の愛情だけでも恢復させずには置かないぞ! という意気込みと自信とがあるらしかった。
そして、一週間ほど前に、「あぶないからおやめ」と注意したにも拘らず、彼が冷肉の添物のサラダをたくさん食べたという事実を知ったとき、彼女の心には或ることが閃いたらしかった。
「今度はなかなか戯談《じょうだん》ではすまないよ。熱の質が気
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