一つの芽生
宮本百合子

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)賑《にぎ》やかに

[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(例)そんなにむき[#「むき」に傍点]になって
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          この一篇を我が亡弟に捧ぐ


        一

 もう四五日経つと、父のおともをして私も珍らしく札幌へ行くことになっていたので、九月が末になると、家中の者が寄り集って夕飯後を、賑《にぎ》やかに喋り合うのが毎晩のおきまりになっていた。
 その夜も例の通り、晩餐《ばんさん》がすむと皆母を中心に取り囲んで、おかしい話をしてもらっては、いかにも仲よく暮している者達らしい幸福な、門の外まで響き渡るような笑声を立てていた。おいしかった晩餐の満足と、適度な笑いを誘う滑稽の快さで、話しても聞きても、すっかり陽気に活気づいていた。
 けれども、その楽しい心持は、暫くして母の注意がフト次弟の顔色に注がれた瞬間から、全く「その瞬間」からすべてが一息に、正反対の方へと転換してしまった。或る人々の言葉を借りていえば、その一瞬間のうちに彼及び私どもの、永久的な運命の別れ目が刻
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