されたのであった。
 ニコニコと心に何のこだわりもない微笑を浮べながら、皆自分よりは強そうな息子達の顔を、順繰りに眺めては、即興的な批評を与えていた母は、次弟のところまで来ると、非常に微かではあったが表情を変えた。そして、暫く見ていたが、やがて小さい声でオヤと云った。
「道男さん、熱があるんじゃあないかえ」
と云いながら、すかすように首を曲げて、卓子《テーブル》の一番端に頬杖《ほおづえ》を突いている彼の顔を見た。
「僕? 熱なんかありゃあしない」
「でも大変赤いよ。ちょっとこっちへ額を出してごらん」
「いいったら、おかあさま。僕熱なんかありゃあしない!」
 彼は、自分の方へ注意を牽《ひ》かれている者たちを見廻して、一層顔を赤めながらまるで怒ったような声で否定した。
 母のいうことにはいつも素直な彼が、そんなにむき[#「むき」に傍点]になって云い張るには訳があった。
 十月の三日から、日光へ学校からの旅行があるのだけれども、夏時分から脚気で心臓も悪かった彼は、家じゅうの者にとめられた。けれども、ぜひ行きたいと云うので、四五日前医者へ行って診断してもらった結果、ようよう渋々ながら許しを得た
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