ばかりのところなのである。
彼が、どうぞ出発までどこもわるくなりませんようにと一生懸命注意していたと同じ程度に、私共は子供のあさはかから万ケ一故障のあるのを隠しはしまいかということに注意していたのである。それ故、折角行かれると思ったのに、ここで止められては大変だと思っているようすを、明かに表示する執拗さと頑固さで彼は断然と熱を計ることをこばんだ。
彼が厭《いや》がれば厭がるほど、熱のあるのを確かめた母は、いきなり手を延して額に触った。
そして、
「お前が何と云っても熱はあります。おはかりなさい」
と云って、検温器を無理に挾ませた。
出して見ると、九度五分もあったので、彼ももう何とも云えないで、おとなしく床に就くほかなかったのである。
心臓を冷してやったり、脈搏を数えたりしながら、腸の熱をずいぶん高くまで出す彼のふだんを知っている私は、不安らしい不安はちっとも感じなかった。
「カンコウ」か「ヒマシ油」の頓服でも行けば、あしたの朝はカラリと、まるで嘘のように癒ってしまう経験を、屡々得ているので、今度もまたその通りだろうと思った。
「何でもないのにおかあさま心配するから僕全くいやに
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