知らなかったが、そのとき私はいつも何か考えるときするように、しっかりと腕組みをして、ひどく顔をしかめながら、にらみつけるように彼を見詰めていたそうだ。
 私は、自分の前に今死のうとしている一人の人を見た。二十日前までは、あんなに肥り勢のあった若い一人の男の子は、どうして死ぬのか。
 私は、彼の印象を強く頭に遺しておきたい願望で、殆ど貪婪《どんらん》になった。いくら体中の注意を集めても、異常に興奮した自分の頭に信頼する危さを知ると、辛抱できずに紙と鉛筆とを出した。
 そして、私の覚り得るかぎりの変化を記録しにかかったのである。
 若しかすると、それは死者に対して失礼だと云われることだったかもしれない。
 けれども、若しそうならどうぞ勘弁しておくれ、私はそうせずにはいられなかったのである。
 私は紙に穴の出来るほど力を入れて文字を書いた。
 八時十分過。呼吸益々苦しくなる。暗影が顔を被い、爪が蒼白となる。喘鳴甚。桶の中で胡桃《くるみ》を掻きまわすよう。少し血走った眼で、しきりにあっちこっち見まわし、非常に落着かない、不安な混乱の表情を現わす。
 九時二十分前。呼吸浅、速。眼上へあがる。
 
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