それは実に、私と同様の半狂乱の真剣さで、肉親の弟の上に起った、「あの」苦難をまのあたり注視し尽した人々にのみ同感し得る感銘なのである。
 必要な箇所に危篤の報が伝えられた。
 すき間もなく取り囲んだ医師達によって、種々の手当が与えられた。
 そして、幸《さいわい》にもごく僅かずつ、痙攣が鎮まり、今夜中の危険は十中八九なさそうにまで鎮静したのは、殆ど十二時近くであったろう。
 けれども、彼の広い胸じゅうその力を集めて叫ぶ声は、殆ど黎明《れいめい》までも続いた。

        三

 四十度だった熱はその翌日――十三日の朝九度に落ちた。そしてかなり有難い熟睡が平穏に続いた。
 十四日は、八度八分、十五日には八度まで下って、牛乳も飲ませてさえやれば四五合ぐらいずつも飲んだ。
 けれども、意識はどうしても明瞭になりきらない。或るときは明るく、或るときは暗く、その律動的な素質のままに、歌ったりものを云ったりした。
 大波のうねりにまかせて漂っているうちに、フーッと波頭に乗りあげるように、はっきりすると、彼は先ずきっと、「おかあさま」と呼びかける。
「おかあさま、今七月? 七月の何日? 僕
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