いるように見え、母からは私が恐ろしく過敏になっているように見えたので、互にできるだけの休息と睡眠を与えようとする譲り合い、愛情から出たかなり執拗な勤めかたが、かえって互の感情を害すようなことさえあった。
入院した日からまた少しずつ熱は上昇した。
一日に二三合の牛乳を摂取するばかりで、ウトウトしながら折々、
「おかあさま、おかあさま疲れた……」
とつぶやく彼の、五尺五寸の体躯にはかなりの憔悴《しょうすい》が見え始めて、チブスの疑いはいよいよ事実として現われて来るらしかった。
ところが十二日の夕暮のことである。
その日は午後からズーッと家に帰っていた私のところへ病院から電話が掛って来た。
「奥様が、お嬢様をお呼びでございます」
とくや[#「とくや」に傍点]という女中が、いつもの通りにこにこしながら、ゆっくりした言調で私を呼びに来た。その様子を見たばかりでも、もう何ということはない軽い「おどけ」を感じていた私は、受話器を耳にあてると、殆ど無意識に、
「モシモシ奥様でございますか」
と、半分笑い、半分作り声をして云った。もちろん、忽ちふきだす母の大きな心持いい声を予期していたのである
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