は、その仄《ほの》めかす一言半句さえ云い出す大胆さを私は持ち得なかったのである。
小さい弟妹もあり、全然隔離し得る室もないので、九日に彼は入院することに定まった。母はもちろん彼自身さえ、十分全快し得る確信を持って、Z病院御用と朱で書いた寝台車に乗せられて行ったのである。
それから毎日、母と私が交代に半夜ずつ徹夜しながら、室に附属している堅い長椅子の上に宿《とま》った。
食堂が揺れそうに賑《にぎ》やかだった晩餐も、病院へ行く者があったり、帰る者があったりして、まるで雑駁《ざっぱく》な寂しいものになってしまった。
睡眠不足と始終の緊張とで、私も母も、休みに家へ帰って来ると、笑いたくもなければ物を見たくもないような神経の疲れを感じた。
それでも、そんなことには容赦なく家事の下らない、けれどもなかなか見かけほど単純にはすまされないいろいろのことが、帰るのを待ちかねて一どきに押し寄せて来る。
気の毒な母と私は、結局どこへ向っても心配と、混乱からは遁《のが》れられない状態にあったのである。
そして、確かに疲れていることは母も私も殆ど同様であったかもしれないが、私には母が異常に昂奮して
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