熱は、いろいろな方面から研究されながら、九度三四分から八度七八分の間を細かく縫って、一週間続いた。そして、益々チブスの疑いが増して来るとともに、私共の札幌行は、もちろん中止になった。
それを惜しがるには、あまり我々の心が病弟の上にのみ注がれていた。
若し彼がチブスだと定まれば、或る期間当然持続すべき高熱に比較的弱い心臓が堪え得るかということと、まだ根絶しない脚気が恐るべき影響を及ぼさないだろうかということが最も案じられることなのであった。
夕方事務所から帰って来ると、父は第一に病人の様子を訊ねる。
「どうだろう大丈夫だろうか?」
何にしろ体質が体質なのだから、決してこわいことはあるまいと思うがとは云いながら、彼の顰《しか》めた顔の奥では、ちょっと触れても身ぶるいの附くほど冷たい、恐ろしい考えが、はっきりと浮んでいたのは、争われない事実である。
一日の激務に疲れて帰った父を苦しめまいため、日夜の看病で少し痩せたようにみえる母を悩ませまいため、父母の互の不安と恐怖とは、皆私をクッションとして交換された。そして、いよいよ自分のうちに明確な輪郭を調え、拡がりを増して来た「あれ」に就て
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