おありにならないこと。――沼津の代りですよ。お皿一枚!」
日下部太郎は、苦々しい顔をし、黙って箱を持って立ち上った。みや子は両袖を胸にひきかさねながら応接間まで跟いて来た。
彼は鍵を出して飾棚の硝子戸をあけた。そして、一番上の段の赤絵の盃台を卸し、そこに来たばかりのマジョリカを置いた。彼は部屋の中央まで後退りして見た。光線が不充分だ。彼は赤絵を元に戻し、今度は一番下の棚に場所を拵えた。光線は程よく皿の側面から注ぐが、別な故障が起った。下に張ってある殷紅色の天鵝絨《ビロード》と皿の艶とが衝突する。――
日下部太郎は、長閑《のどか》な日曜の午後を、一枚の皿のために飽きずに彼方此方した。遂に、彼は、この皿が棚には到底納らないのを発見した。彼の神経の故か、左右八つの棚に、それぞれの姿で並んでいる支那や日本の純粋な古陶等は、見えない空気の顫動のようなもので、頻りに新に加ろうとする怪しいマジョリカを拒むようにさえ感じられた。
日下部太郎は生のあるものに云いきかせるように贋のジョルジョに囁いた。
「仕様がない。――ではお前は此方で堪能しろ」
皿は最後に、晴々した日光が正面からさす炉棚の上に
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