飾られた。
 たっぷりした午後の光をまともに受け、その紅玉釉薬の皿は、高畠家の※[#「木+解」、読みは「かしわ」、第3水準1−86−22、450−16]の腰羽目を後にして見たのと、まるで別様の趣で日下部の心に迫って来た。重々しさ、威厳こそ幾分減った。が、紅い釉薬の透明さは愈々増し、下の深い愈[#「愈」はママ]の心臓形が、何ともいえず見事な鮮やかさで浮上った。描かれた僧の胸像も立体的に、今にも微細な粉末になって舞い立ちそうな暗紅色の燦めきの一重奥に、神秘な中世期の代表のように謹直さと憂鬱とを以て横向いている。
 日下部太郎の目に、皿はこれ迄になく魅力と抑揚に富んだ一幅の陶器の額のように見えた。彼は、傍で何か云う妻に空返事をした。眺めれば眺めるほど情が移り、彼は、これ程美しいものの裏に、あんなまやかし文字があったという自分の記憶を疑わずにいられない心持になって来たのであった。
 彼は、また皿を煖炉棚から下した。そして、南に開いた明るい窓際の長卓子まで持ち出した。
 先刻から良人のあとについて、此方に一足彼方に一足していたみや子は、この時、相変らず両袖をかき合わせたまま皿を下目に見下して良人
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