たまま、奉書や水引の始末をしていた。
彼女は良人を見ると不平そうに云った。
「箱書も何もありませんね」
彼は胡座をくんで、箱の蓋をとった。
「西洋のものだから箱書はないさ」
「いいものなんですか?」
「さあね」
日下部は陶器に関してだけは妻に出鱈目を云えなかった。勝気なみや子は大抵のことは自分の頭で真偽を判断することを主張し、且実行していたが、陶器は例外であった。彼女が素直に自分の意見を棄てるのはこの一事ばかりとも云えた。従って、日下部は嘘を教えると、自分が何時何処でどんな冷汗を掻くまいものでもない危険が伴うのであった。
彼は、淡白らしく云った。
「極上というものではあるまいね」
「何処です?」
「伊太利《イタリー》――」
「――一体真物なんですか?」
みや子の詰問するような語勢に、日下部は微な不快を感じた。
「兎に角古いことは相当古い。然しまあ珍しい一つの標本と思っていれば間違いない」
「あなたそんなにお賞めになったんですか、贋物と知っているくせに? 気の弱い方ね。いいだろうと云われると悪いとおっしゃれないのだもの」
彼女は皮肉な調子で呟いた。
「この頃は華族様でも抜目は
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