開放なさるっていう話ね、御存じだったのですか?」
「ああ。山村がいつかそんな意志が子爵にあるらしいことを云っていた」
「――御相談役で責任がおありになるんではありませんか?」
みや子は、子爵の応接間や書斎で喋った時よりはずっと強い、たっぷりした音声でものを云った。
「一向そんな噂は伺いませんでしたね」
日下部は、面倒そうに云った。
「細かな事まで一々覚えていられるものか? いずれ相談会へ持ち出すだろう。――が、相談会そのものが今時、抑々《そもそも》愚の骨頂さ」
車は、両側に明るく店舗が軒を並べた四谷の大通りに出た。呉服屋の飾窓の派手な色彩などが、ちらりちらりと視野を掠める。みや子は何か託つような調子で呟いた。
「もう私共も二つ位別荘があってもよい時ですね」
「ふむ。厄介だよ。息子共の巣窟にばかりされても堪るまい」
日下部は手帳をモーニングの衣嚢にしまった。彼の望みはこの時ただ一つしかなかった。これは、一刻も早く家に着きたいという願であった。彼はせめて今夜のうちに、あのマジョリカの時代だけもはっきり調べて置きたく思った。
然し、彼の心持を知らないみや子は、何故かひどく彼女の別荘
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