話に執着した。彼女は数年前買い損った裾野の土地のことまで良人に思い出させた後、意味ありげな嬉しそうな眼付で云った。
「ね、あなた、今日のお話ぶりだと、沼津の土地というのを分けて戴けますよ」
「勿論貰えるさ」
 日下部は単純に解釈した。
「分けて貰えることは貰えるがあんな処仕様があるまい。海岸のくせに海から七八丁もあるんじゃあ」
「それは――買うのでしたらね贅沢も申しましょうけれど」
 彼は、急なカーヴで体を揺られながら怪訝そうに妻を見た。
「――買うならって――ただでとる気か? ハハハハ。お前らしい理屈だ。今時ただの地面などはアフリカの端に行ってもあるまいよ、残念ながら――」
 みや子は莞爾《にこり》ともせず、声を低めて熱心に囁いた。
「何でも冗談にしようとなさる! だから皆よい機会を失ってしまうのですよ。――高畠夫人がね、若しかしたら沼津の土地を無代で分けて下さっても好いお気持らしいですよ」
「へえ。――何のために? そんなことお前が当って見たのか?」
「まさか、不見識な。今度私共が晨子様のことで尽力してさしあげたお礼という意味に、先様でお思い付になったらしいのです」
 今までほんの
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