る和蘭陀《オランダ》青絵の鉢もあった。
「ほう。――君のはほんものの研究だな。さしずめこれは名誉表《オナラブルリスト》というわけですか」
 彼等は程なく、元の煖炉前の席に戻った。けれども、日下部太郎の眼は、制せられない力で、側棚の方へちょくちょく吸いよせられた。少し離れて見ると、真疑不明のグーッビョーの皿は、いうにいわれない深い美しさで暗紅色のくすんだ釉薬を輝やかせる。――
 子爵は日下部の牽きつけられた顔から彼方の皿へ眼を転じて云った。
「余程興味を唆ったと見えますな。――私も思いがけないことでこの皿一枚兎に角自分の力で救い出したと思うと悪い気持もしません。まあ私の腕で世界の文明に貢献らしいことの出来たのは、後にも先にも、このグーッビョーの皿一点というところかな、ハハハハハハ」
 天性の感情と、先刻自分の与えた賞讚の手前日下部太郎は、穏やかに相手の言葉を受けた。
「いや、皿一枚といっても意味があります。何しろ昔の名工の作は、減ることがあっても永劫殖えることはないですからな、真物なら破片でも大切です。私も、これで、もうちっと金があると本当に会社なんか廃めちまって理想的美術商になりますな
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