。土の古さ、色調、艶の落付きは時代ものには相違ないが、疑問を以て見ると日下部太郎は、皿に描かれた一五四〇という日附を素直に巨匠ジョルジョの名と結びつけ難くなって来た。うろ覚えの年代をさぐると、ジョルジョ自身作を遺したのは千五百年代位までではなかったろうか。
 彼の考を総括すると、この紅色釉薬のマジョリカは、高畠子爵の掘り出した世界的逸品か、或はただの贋物、ジョルジョ没後工房の誰かが師の作を模造したに過ぎないものか、二つに一つということになるのである。
 日下部は、高畠子爵の折角の幸福感を傷つけるに堪えなかった。同時にもっと深く研究する必要があるので、彼はモーニングの衣嚢をさぐり、小形の備忘録をとりだした。そしてスケッチする許を求めた。
「おかまいなければ、一寸形だけ書かせていただけますまいか。描いて置いて思い出した時見なおすと愉快なものです」
 日下部は、だんだん社交になれた人づきよい捌けた声の調子と態度とをとり戻し、子爵にそこここ、備忘録の頁を繰って見せた。
 小さい紙面には、万年筆で濃淡をはっきり達者に、盃台、花瓶、油壺などの写生がしてあった。中には子爵自身もその実物を見たことのあ
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