る総てだ。私はまた誰かもっと確りした男でも帰って来て、いやその価では渡せぬとでも云われたら事だ、というだけの金を払ってさっさと抱えて来てしまったのだが」
子爵は湧き上る微笑を禁じ得ず、手入のよい短い髭を動かした。
「婆さんは、ただ紅くキラキラするから奇麗だ位に思っていたのでしょう。……巴里で二三の人に見て貰ったが、幸い贋物ではなかったようです」
この時、日下部太郎は皿を見ている眼の裡に困ったような淋しい光を宿した。長い子爵の話の間、一層詳しく釉薬や図案やを調べた彼は、子爵が楽天的な結論を下した丁度その時、心の裡でそれとは全然逆な推断を持ったのであった。彼には一見真物に紛うこのグーッビョーの皿が、どうも贋物らしく考えられて仕方なくなって来たのであった。
話のうちに、日下部太郎の記憶にはありありとヴィクトリア・アルバアト美術館で見たジョルジョの円皿にも、殆どこれと同じ模様がついていた事実が甦って来た。ジョルジョ程の名工が一生に同趣向の作を二つも遺すことがあり得るだろうか。疑なく図案は警抜といえた。或はジョルジョ自身ひどくこの作を愛し、身辺に置いて眺めようと更に一つを作ったのであろうか
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