りあげると、表、裏、裏表と繰返し繰返し調べた。彼はそっと皿を元の台に戻すと、子爵に振向き、呻くように云った。
「珍しいものをお持ちですな。何処でお手に入りました?」
 子爵の答えを待ちきれないらしく、彼は再び皿を手にとった。
「珍しい。こんなマジョリカが日本で手に入りますか。――いい艶だな」
 日下部太郎は皿を調べながらだんだん独言のように呟いた。
「ふうむ。なかなか放胆な調子だ。しかも充分荘重で優しい」
 彼は子爵に云いかける積りで大きな声を出した。
「この深紅の艶の下によく思いきって藍《ゴス》を使いましたな。ふうむ。――なかなかいい」
 裏には、薄く琺瑯《ほうろう》のかかった糸底の中に茶がかった絵具で署名がしてあった。先の太く切れた絵具筆で無雑作らしく書いたM・Sという二つの頭文字と、上に一五四〇年という年代が記入してある。皿を掌の上でかえしながら、日下部は頭の中で模索した。
「M・S・と。――M――S――……何処かで見たな。この楽譜の始りに書いてあるような形のSは。――」
 そういえば、彼には、表面の独特な模様も何日か何処かで見たことがあるように思われた。円皿に円形で区切った模様
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