は平凡だが、この暗紅色マジョリカは、中央に濃い強い藍色で長めな心臓形を持っていた。その心臓形の中に僧の胸像は描かれているのだが、峻厳な茶色でくまどられた鷲鼻の隠者の剃った丸い頭の輪廓とその後にかかっている円光のやや薄平たい線とが、不思議に全体円い皿の形と調和を保ち、勁く効果多く藍色の心臓形を活かしているのだ。その囲りに軟く力をこめてうねうねしている唐草模様、あしらわれた二つの仮面も彼に初対面とは感じられなかった。幾年か前夢で見たそのままの姿が今はっきり現れて来たような気がするのであった。
 皿に手が粘りついて離れないとでもいうように、見なおし見なおししているうちに、日下部太郎は突然啓示のようにM・S・という頭文字を持った陶工の名を思い出した。
    Maestro Giorgio Gubbio
「グーッビョー! グーッビョーのジョルジョ!」
 二つの文字を見たような気がした筈だ。二十年前、彼がヴィクトリア・アルバアト美術館の特別陳列室で、その前に佇んだぎり文字通り低徊去ることを得なかった素晴らしい数点の作者こそこのグーッビョーのジョルジョではなかったか。日下部太郎の老眼鏡をかけた顔に
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