な情の深い古陶器愛好者となりきっていたのであった。
 子爵と喋りながら、暖炉前のぽかぽかする場所から何心なく室内の装飾を眺めていた日下部太郎は、ふと側棚にある一枚の皿に目がとまると、覚えず眼を瞠って椅子からのり出した。天井から来る明るい燈光の煌《かがや》きと、大卓子の一隅からのデスク・ラムプの乳色を帯びた柔い光とを受け、書斎の高い※[#「木+解」、読みは「かしわ」、第3水準1−86−22、435−6]の腰羽目は、落着いた艶に、木目の色を反射させている。その前に、紫檀の脚に支えられ、純粋極る東洋紅玉のような閃きを持った皿が、一枚、高貴な孤独を愉しむようにゆったり光を射かえしていた。直径九|吋《インチ》もあろうか。濃紅な釉薬《うわぐすり》の下からは驚くべき精緻さで、地に描かれた僧侶の胸像が透きとおって見える。
 これ程のものが今迄彼に見えなかったのは、偏《ひとえ》に彼の位置がわるかったからに違いない。日下部太郎は、感動を声に出して立ち上った。彼は高畠子爵が背後から何か云ったのを聞きしめる余裕を持たなかった。彼は側棚に近づくと、体をかがめ吸いつくように皿を眺めた。ひとりでに手をのばし、皿をと
前へ 次へ
全34ページ中11ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
宮本 百合子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング